保守のうさぎ随筆

時事問題、近代史、ひとりごとなど脱線多発。動画も紹介しています。

カテゴリー: 近代史、初心者シリーズ  次のページ »

スポンサーサイト

--------
スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本と支那の死刑囚2-2

2010-11-10
近代史、初心者シリーズ
実際に4月6日の死刑執行後に出されたコメント

日本政府 
「執行されたことは残念だ」とのコメントを発表したが、今後の日中関係への
 影響はないとの見方を示した。
「国民がこうした犯罪にかかわらないことを切に願っている」

千葉景子法相
「日本の制度と比較すると、かなり刑罰が重く、刑事手続きも日本ほどの適正な
 手続きが担保されているのかという意見がある」と疑問を呈した上で
「中国の対応が日本の世論の反発を招くことにならないか懸念している」

福島瑞穂消費者・少子化担当相
「大変ショックを受けている。国際的に見ても(量刑が)重い。残念だ。
 あと3人(の邦人死刑囚)について処刑しないよう、とどまってほしい」

日本弁護士連合会の宇都宮健児会長
「日本政府が死刑執行に対して懸念を表明するにとどまり、執行を止められなかったのは
 極めて遺憾。日本政府が残る3人の日本人男性の執行をしないよう中国政府に
 明確に要望することを求める」

2009.12.10 小沢一郎幹事長が率いる民主党の「長城計画」訪中団
        総勢643名 国会議員143名を含む。

2010.1 小沢関係ガサ入れ、終了の気配漂う。

2010.4.3 菅直人副総理兼財務相は中国の温家宝首相と北京で会談(密談?)し、
        中国側が日本人死刑囚4人
       (赤野光信、武田輝夫、鵜飼博徳、森勝男死刑囚)への刑執行を通告したことについて
        懸念を伝えた。温首相は、麻薬犯罪では外国人にも厳罰で臨む方針を改めて示した。

2010.4.6 4.9 支那での日本人死刑執行

2010.6.4 鳩山内閣総辞職

2010.6.8 菅内閣誕生
        ※菅は自由民主党の在籍経験がなく、旧日本社会党の村山富市委員長が
          首相を務めた村山内閣以来16年ぶりに自民党の在籍経験がない首相が
          誕生することとなった。

2010.8.10 「菅談話」発表 円高加速

2010.9.7 尖閣諸島海域にて「中国漁船」が日本海保船に体当たり

2010.9.24 船長釈放

2010.10 小沢一郎、終了の気配さらに濃厚

2010.10 朝鮮学校無償化、人権擁護法案について民主やる気満々

2010.10~11 尖閣ビデオ公開せず、編集した一部の映像のみ30名の議員が視聴。
        ビデオを公開しない理由は
        「海保職員、映像に出てくる人物の人権に配慮、国益を考えると非公開が望ましい」

2010.11.5 尖閣ビデオ 編集された部分が流出

2010.11.9 菅内閣、犯人探しに発狂、海保職員への聞き取り開始←今ここ

時系列に並べて長くなっちゃいましたが、何かこれにて見えてくることがあるでしょうか。

「宇宙のハトは余りにも使えない」
「汚沢はやりすぎ、そろそろ終了だろう」
「コテコテ真っ赤な菅は扱いやすそう」
「議員引き連れてアピールしまくったけど切られてしまった」

何かありましたら、コメ欄にご自由にお書き下さい。
(今回はコメ返信しません)

スポンサーサイト

日本と支那の死刑囚1-2

2010-11-09
近代史、初心者シリーズ
釈放され帰国した、犯罪人船長の映像がどうにも頭から離れない。
タラップから拍手喝采で迎えられ、大きな花束を受け取っていた。

これってアリなのか?と首を傾げること小一時間、タイトルの検索にかかりました。

日本の中国籍死刑囚

陳徳通(41歳)  1999.5.25川崎中国人三人殺害事件  2009.7.28死刑執行

陳代偉      1992.5.30パチンコ店強盗殺人事件  2010.11.9未執行

何力       1992.5.30パチンコ店強盗殺人事件  2010.11.9未執行

魏巍       2003.6.19福岡一家四人殺害事件   2010.11.9未執行

支那の日本国籍死刑囚

武田輝夫     2003.6麻薬所持          2010.4.9死刑執行

鵜飼博徳     2003.7麻薬所持          2010.4.9死刑執行

森勝男      2003.7.29麻薬所持         2010.4.9死刑執行

赤野光信     2006.9麻薬所持          2010.4.6死刑執行

海外で死刑判決を受けた日本人リスト

福岡一家四人殺害事件の詳細
犯人三人の内、一人は国内で逮捕されたが、二人は支那へ逃亡済みで支那で逮捕、
一人は死刑で執行済み、一人は無期懲役となった。

※日本は「犯人引渡し条約」を米国、韓国とのみ結んでいる。
 支那の法律によると「犯罪が行われた場所」が重要で、本来であれば犯罪が起きた日本での
 裁判が法的にも正しいらしいが、何だか決まった、
 「いかなる犯罪においても中国籍をもつ者は海外への引渡しをしない」ジャイアン法みたいので
 いまでは引渡しされないらしい。
 だから返してしまった船長を再び日本へ、はほぼ100パーセントあり得ない模様。


日本での支那人死刑執行は、同じ支那人3人を殺害した陳徳通のみ。

この事件は国内での反発も強く、中共もほぼ文句を言っては来なかった様子。

支那での死刑執行、上の三人は巨大麻薬、犯罪組織にからみ逮捕された。

支那では麻薬所持は死刑相当の大罪であるが、死刑執行の日付に注目してみたい。

何で全員がかなり近い日程で?

これは
・ここまでやっても日本はヘラヘラか。
・強固な反日姿勢のアピール。
・鳩山政権に(゚Д゚)ゴルァ!!した。
・小沢一郎を見限った。

あまりに長いのでUPしなおしました。分割します。続きは後ほどに。

中国、朝鮮残留孤児3-3

2010-05-24
中国、北朝鮮残留孤児3-1
さて、朝鮮残留孤児について気になるきっかけとなった本は
「流れる星はいきている」藤原てい著です。

なぜかふと、思いだしました。
当時は「こりゃ大変だ、なんてこったい」の感想でしたが
本当の史実がわかってきた今、本書を思いだすと著者との距離が
ぐっと近づいてきたような感じを改めて受けます。

ネタバレありですので、読んでみたいかたはここでストッピして下さい。

これは小学校高学年の頃か、中学の初めあたりで読んだのですが
子供の自分にはかなりショッキングな内容でした。

一人の日本人女性が、三人の幼子を連れ、38度線をこえて日本へ
帰国する経緯がかかれたものです。

当時、アメリカ占領下にあった南では比較的、帰国は大変ではなかった
ようですが、38度線以北のロシア占領下では、まさにアナーキー地獄、
命がけだったようです。

子供たちも5歳、3歳、1歳位で本当に小さくて、一人も欠く事無く
帰国できたことは酷い経緯の中での救いでした。

自分にも同じような構成の子供がいますので、どれほどの大変さかは
今ではよくわかります。

今まで知った朝鮮、シナ人の本性を考えると奇跡に近いと思います。

物語の最後に、一番したのお子さんの具合が悪そうで、元気に成長されたか
気になっていましたが、過日、新聞かな?とても立派に成長されていたのを
知り、ほっとしました。

当時、長男だったまさひこ君が、読売新聞の人生案内で回答されていた
藤原正彦氏と知った時にも、とても嬉しかったのをよく覚えています。
しかもお茶大名誉教授ですよ。

敗戦と同時に襲い掛かる隣人、知人、ロシア兵。

この本だけではなく、語られていない、記録されていない事実は
どのような内容によらず、かなりあると思います。

なぜ朝鮮残留孤児がいないのか。

本当に、何故なのでしょう。

中国、朝鮮残留孤児2-3

2010-05-23
中国、北朝鮮残留孤児3-1
残留孤児の肉親探しに尽力した、一人の民間人が国を動かしたとも言われる
そうですが、この帰国残留孤児の方々にはとても手厚い支援が日本で
決まり、その時点で訴訟問題は終わったそうです。

朝鮮残留孤児、私はその存在を聞いた事も見たこともないのです。

朝鮮残留孤児を育てた!今までの養育費を支払え!と食いつきの
良さそうなものだと思えるのですが。

朝鮮進駐軍(戦後各地で暴動をおこした在日朝鮮人)などを考えると、当時の
半島ではさらに酷かったのではと思ってしまいます。

朝鮮残留孤児についての史料は、あることにはあるんですが、殆どが証言で、
これという決定的な証拠は見つけられませんでした。

証言が証拠になるなら従軍慰安婦も史実になるので、あくまでも参考程度の
引用をしてみたいと思います。残留孤児の史料ではありませんが、当時の
状況を伝える参考としました。
韓国では有害図書として発禁になってます。

かなり長文、グロテスクな表現、記述もありますので苦手な方はご注意ください。

中国、朝鮮残留孤児1-3

2010-05-22
中国、北朝鮮残留孤児3-1
これについての私の知識は「余り豊かではないのに、敵国の子供を
引き取って育てるとはありがたや」程度で、併合により日本であったはずの
半島で何故、残留孤児がいないのか疑問に思ったのは最近です。

疑問に思うきっかけとなった本があるので、後ほど紹介しますね。
(ちなみに「大地の子」ではありません)

さて、中国残留孤児ですが、国交回復後から本格的な帰国事業が始った
ようで1980年代くらいですかね?
さかんにテレビで報道されていたのが記憶に残ってます。

現在のようにDNA鑑定などは無かったので、何かしら親が持たせた
名前や住所などで肉親と再会できた方も中にはいらっしゃったようで
満州で預けられた方などは比較的、幸運なようでした。

何しろ残留孤児への対応が大変に遅く、当事者も高齢化、証拠も
何もなしとなれば、帰国?入国?も難しいはずですが、この帰国に
より、大量のシナ人が日本へやってきた事は事実です。

孤児一人につき、平均50人前後、多い場合は150名ほどの親類縁者が
日本に来ました。

偽孤児の発覚もあり、本当に残留孤児として帰国された方の親族を
合計すると一体何万人のシナ人が日本へきたのかな。

この記事について調べていたら、ヤッホウ知恵袋や質問箱のQ&Aに

「台湾は帰国事業がスムースだったから」(これはホントかも)
「漢人が温厚なゆえ、子供たちを育ててあげた」

などのベストアンサーが結構あるんですよ。
温厚な漢人なんて何処を探せばいるんすか?

ここまでくると、かなり胡散臭く、モニターをガン見していたのですが。

そう、中国といえば、人身売買が名物の一つです。
労働力として、他の目的としての文字通りの人身売買です。

さらに民主党の進める売国法案、移民一千万人計画、
二世、三世のシナ人マフィア問題、過去の訴訟。

うーん、今回はシナよりも朝鮮残留孤児についてを主に書きたいので
チャイナはこの辺で(つか、調べると底なしになりそう)

Template: greentea2cL

Powered by FC2 Blog

FC2Ad

Copyright © うさぎとさかな All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。