保守のうさぎ随筆

時事問題、近代史、ひとりごとなど脱線多発。動画も紹介しています。

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秋の夜長の都市伝説6

2010-10-28
オウム
地下鉄サリン事件を北朝鮮の、
「日本撹乱工作の予行演習」
「日本の危機管理の杜撰さと、どのような動きが取られるのかという
 シュミレーションのデータを得るため」
に行ったのではないかという見方もあるが、あくまで推論の域を出ないものである。

このような見方の元となったのは、事件発生、証拠物を警察が入手し、サリンとの
断定があまりにも手際よく早すぎた事である。

サティアンーテレビ中継班ー警察の順に布陣され、メディアがカメラを回してから、
警察はカナリヤを先頭に、しずしずと中継カメラの前を通り過ぎていった。

第七サティアンの設備でサリン生成は不可能との意見もある。
本来のサリンは無味無臭、オウムが使ったとされるサリンは煙がたったり、異臭がしたりしている。
村井からの「あれはサリンではない」との発言もある。

サリンが入っていたという袋も、サリンの残留物も、法廷では実物はおろか、
写真すら明らかにされていない。
袋を刺したと言われる雨傘もどこにもない。
消防庁の分析ではアセトニトリルが検出されたという。
しかし警視庁は一貫してこれを無視、否定している。
アセトニトリルはサリン生成、分解の過程では登場しない。
サリンなどの神経性毒ガスとは系統が異なる。

宗教団体とマネーロンダリングの関係も無視することはできない。

池田大作は信者から集めた金をパナマで運用し、ノリエガ将軍の麻薬取引の資金繰りに
使わせていたとの話がある。
そしてそこで得た利益を、当時の自民党のドン、小沢一郎へ渡し、小沢氏は
その金で政界工作をする、とのカラクリも噂される。

小沢一郎が自民党幹事長であった時、湾岸戦争に日本からとして総計135億ドルを支払った。
(これは小沢一郎の決定)
しかし米国政府の報告書では、日本からの戦費は100億ドルと記載され、35億ドルは
行方不明のままであるとのこと。

イラク攻撃を支持した小泉首相に異議申し立てをし、外務省を辞めた天木直人氏によると、
当時の日本は約31億円の戦闘機F-15を108億円で、約16億円の戦闘ヘリ「アパッチ」を
72億円で購入していたとされる。

オウム真理教もマネーロンダリング機関とし使われていたて可能性がある。
北朝鮮は1970年代から東南アジアなどで買い集めた麻薬を密輸、密売していた。
1980年代半ばからは、北朝鮮国内でケシの自家栽培を始め、1991年からは
外貨獲得策として本格化。日本の暴力団と組み、日本国内で大量に麻薬を流通させ、
その金をどこかで洗浄していた可能性も否定できない。

サリンを製造していたとされる第七サティアンではサリンではなく、覚せい剤を密造して
いたとも言われる。
警視庁は第七サティアンに外部の専門家が入ることを阻止し、裁判半ばにも係わらず、
まるで証拠を隠滅するかのようにサティアンを解体してしまった。

上記のようにマネーロンダリングには所謂「大物」が係わっている例が少なくない。
まるでフタをするようにサリンと断定、証拠は解体となれば邪推の一つもありであろう。


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秋の夜長の都市伝説5

2010-10-27
オウム
当時パチンコ業界から莫大なヤミ資金が北朝鮮に流され、その便宜を図ってもらう目的で
社会党議員たちに政治工作資金が提供されたとされる、いわゆる「パチンコ疑惑」が発覚、
政界の焦点となっていた。

当時、自治大臣、兼国家公安委員長であった故奥田氏は、社会党の疑惑議員徹底追及のハラを
固め、警察庁に対して治安上の問題を理由に協力を求めた。

この要請を受けた城内警備局長は、
「パチンコ業界に多数の警察OBが天下っている」ことを理由に協力を拒否した。


結果的に城内氏はその後、次長に昇任後、警察官僚トップの警察庁長官となったが、
その長官在任中、かつての威厳ある制服から、郵便局の配達員と見間違えるほど不評な
制服の変更、拳銃のメーカー変更など警察利権に積極的に関与、情実人事の徹底などで
優秀な人材や、素直な意見を具申する人材などが一掃され、組織の沈滞化が急速に
進行したとされる。


オウムには北朝鮮の主体(チュチェ)思想を持った工作員Aが潜入しており、その頃から
オウムは急速に変質、過激化していった。
よど号グループにも金正日から直筆の指令所が出されたとされている。
オウム真理教が毒ガスや細菌兵器の開発に手を染め始めていたのであれば、そこに北朝鮮の
工作組織の浸透の是非は決して偶然ではありえない。

Aに連なる潜入工作員が存在し、その一人Bは医師としてオウム真理教付属病院に入り、
林郁夫の下で働いていた。

Bは林の右腕となり、麻酔剤、電気ショック、LSDなどを用いて信者に洗脳を行っていた。

これらの方法は「北朝鮮の洗脳技術と瓜二つ」であるらしい。

しかもBは教組、麻原に対しても心理療法、あるいは催眠療法などの「イニシエーション」を
行える立場にあった。

つまり、麻原に対しても洗脳が可能な立場にいたということである。

既出の村井幹部殺害の実行犯、除裕行の背後にも北朝鮮工作組織の影が濃い。

村井幹部が殺害されたのは「これ以上口を滑らせない」ためであったとされるが、
オウムにはさらに、口を滑らせては困る事実があった。

それは日本の原子力発電所に関するもので、オウムは原発に関する膨大な秘密書類を
手に入れていた。

村井らが200人もの作業員を潜入させて収集したもので、専門家も初めて見るような
詳細な資料であったという。

こうした原発の機密資料が、早川ーA、Bルートで北朝鮮へ流出していた可能性がある。

なぜオウムがそんな物をほしがったのか。

工作員のせいかも知れないし、自分たちが核を持つつもりであったのかは、不明のままである。

秋の夜長の都市伝説4

2010-10-26
オウム
服役中の元暴力団幹部の供述によると、組長、麻原、別の宗教団体幹部が
ゴルフ場で密談するとの話を聞いた。
この事については「麻原という男は盲人なのにゴルフをするのか」と疑問に思ったとのこと。

さらにこの幹部は、暴力団フロント企業の社長口座に、オウム真理教から5億円が
振り込まれたことを知った、とも供述している。
また「麻薬の代金にしては高すぎる、きっと弁護士事件のお礼だな」と捜査員に供述している。

この具体的、かつ実名などの信憑性のある供述を受け捜査をしていくと、
村井幹部を刺殺した除裕行との接点もあった。

捜査は進み、着実に進展していったが、ある日突然に捜査は打ち切りとなった。
いよいよ、坂本一家事件の真相究明が出来ると張り切っていた矢先に、暴力団関与説を
唱えていた捜査員や幹部が次々と人事異動で捜査から外されたり、発言を封じられるように
なってしまった。

その理由とは。

公安当局は松本サリン事件直後から、教団の内偵捜査を続けていたと言われている。

近隣住民への接触、在家、出家信者だけではなく、教団幹部にも及んだ。

この時期からオウムの内情を公安が把握していたのであれば、のちの河野さんへの冤罪、
仮谷さん殺害、地下鉄サリン事件も防ぐことは出来たのでは、と思ってしまう。

十五代警察庁長官の城内康光氏は公安からの出身(ちなみに本文中に”部下をレイプし
愛人としたとされる警察幹部”はこの人との説もあり)、十六代警察庁長官は、
刑事局長出身の国松孝次氏。狙撃事件にあった、あの方である。

狙撃事件後、報道機関などに「オウムに対する捜査をやめろ」など犯行をにおわす
電話があり、城内氏によってオウム事件の捜査は抑えられていたのに、長官が国松氏に
変わったことで本格的な捜査を始められてしまったことが、この狙撃事件の一因でも
あると言われている。

警視庁の元巡査長三人と、その他一人の計四人が逮捕され、自供もあったものの、
「証拠が乏しく公判維持は困難」として処分保留のまま釈放、そのまま四人は
嫌疑不十分として不起訴となった。

平成二年夏、自治大臣、兼国家公安委員長に就任していた故奥田敬和氏は
警視庁トップの人事案に異例のクレームをつけ、予定されていた城内康光警備局長の
警察庁次長への昇任をかたくなに認めなかった。

そのわけは、明日に続きます。

秋の夜長の都市伝説3

2010-10-25
オウム
ある都市伝説~警察上層部の人物が部下の女性をレイプ、どのような手を使ってか
ショックで放心状態の女性を懐柔、のちに愛人関係が長く続く。

当時オウムはまだ「オウム神仙の会」を名乗っていたが、怪しい新興宗教として
地元警察に目を付けられ(教組が前科二犯だし)、当局が事情聴取、本格的な
取調べに入ろうとしていた。
しかし、突然に警察上層部から取り調べストップがかかり不問となる。

当時オウムは、東京都に宗教法人の認証を得るための申請をしている最中で
トラブル発展に神経質になっていた。
約一年後、オウムは坂本弁護士一家を殺害している。
どうしても認証の欲しいオウム側は、取り調べなどとんでもないとその当時
親しい関係にあった暴力団組長に相談した。

その暴力団は自前の情報網にて上記の「警察幹部の愛人」情報を入手。
スキャンダルにしない代わりに、捜査から手を引けと持ちかけた模様。

坂本弁護士一家が殺害された夜、近隣住民によると深夜3時であるにも係わらず、
なに一つ物音を聞いていない。

弁護士夫妻は激しく抵抗し、実行犯もそれを認めている。
(ふすまが吹っ飛ぶ、もみ合いぶつかる音、流血あり)

実行犯のうち二人、村井、早川は素手のまま乱入している。

それぞれの供述もあいまい、何より捜査当局の現場検証では、実行犯の
指紋も血痕も発見されず、せいぜい襖や敷居の傷や敷物がめくれていた程度で
相当綿密に事後処理された事を物語っている。
しかし、バッチ(プルシャ)が落ちている事にも当初は気付かず。

実行班6人のそれぞれの供述が非常に曖昧、いい加減で計画性もなく行き当たりばったり。
辻褄が合わないことも多かった。

何故なら。
彼ら6人のほかにも暴力団関与による、別働隊がいたのではないかというもの。

坂本弁護士宅付近で目撃された京都ナンバーのワゴン車が、京都の暴力団関係の
所有であり、また一家死体遺棄の際、富士山総本部でも目撃されていたというもの。


秋の夜長の都市伝説2

2010-10-24
オウム
オウム事件とはただ、言い方は変だが「純粋なカルト事件」だったのだろうか。

事件の流れに入る前に、いくつかの事件、人物を取り上げておく。

麻原彰晃は傷害罪、薬事法違反で二度の逮捕暦あり。自身でヨガや道場などを開く前に
新興宗教「阿含宗」の信者であり、そこで腹心の部下、早川と出合っている(ここ大事)

1984年、オウム真理教の前身である「オウム神仙の会」の開祖となり、早川、上祐、村井などの
のちにメディアに登場し世間を騒がせる面子も、このころからの信者である。

地下鉄サリン事件は1995年3月20日に起こる。

・村井を殺害した人物
村井は上祐と並ぶ、メディアに対するオウムの広報対策のような人物で「ああいえば上祐」とは
違い、人の良さげな好感を持たれた人物。
メディアに登場するたび、明らかに極秘の内部情報とも思える発言をしていた。
「使える金は1000億ある。」
「地下鉄事件で使われたのはサリンではなく、アメリカの研究所も証明してくれる。」など。

さて、この村井をメディア中継のど真ん中で刺殺したのは、1965年群馬県高崎市生まれの
在日韓国人二世、除裕行、チュチェ思想研究会員であり、すでに釈放済みである。
1994年より山口組系暴力団、羽根組に出入りし、1995年4月若頭に犯行を指示されたと供述。
(ちなみにこの若頭は逮捕されるも無罪放免されている)
除が犯行直前まで住んでいた家の持ち主は、朴春仙(パク・チュンソン)の妹。
朴春仙は、北朝鮮の工作員である辛光洙(シン・ガンス)の愛人。
この家には朝鮮総連の幹部も出入りしていた。

・石井紘基議員刺殺事件 民主党議員 2002年10月25日刺殺
派手な学生運動暦を持つ、民主党議員。
議員ならではの国政調査権を用い、自分の足で調査を行い、
具体的に世間にそれを提示し「国会の爆弾男」と呼ばれていた。
「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」などの発言もあった。
米メディアでは「私怨とみせた暗殺」と報道された。

犯人は山口組右翼団体所属と言われる伊藤白水こと本名、尹白水。
殺害される数日前より、石井氏はおびえていたという。3日後には国会冒頭質問を控え、
その内容は日本がひっくり返るような質問となるはずであった。
以下、側近の証言。
「ナイフで刺され、直に警察へ電話したが、最初は全然つながらなかった。やっと電話がつながり、
 最初にパトカーが数台来た、しかし数が多すぎた。あとから来た救急車は道路をふさぐパトカーの
 おかげで来られず、パトカーが道を空けなければならなかった。」
「その間、石井は出血しつづけていた。不思議なのは、救急車にやっと乗って病院に向かった時間に
 すでにテレビのテロップに石井紘基死亡と流れていた。国会でももう、犯人は右翼の伊藤白水って
 メモ書きが議員の間を行き来していた。」
彼の暗殺後、この件に係わる国会質問はなされず、民主党の別の議員が代役となった。
国会には安堵の雰囲気が流れた。

石井が心血を注いで調べた資料はダンボール数箱にのぼる。もちろん警察は調べようとしない。
民主党の誰も調べない。大手マスコミも調べない。
そして彼が持っていたメモ書きと資料、どちらも行方不明のままである。

犯人は高尾山へ逃走、その後、警察ではなく「公安部と連絡をとりたい」と警視庁正面玄関に出頭。
無期懲役となるが、真相は報道されずに闇の中となっている。

この二つの事件、公安、警察、メディアが同じような動きをしている。
石井議員の死がオウムと関係するのかは不明のままであるが、心よりご冥福を祈りたい。


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