保守のうさぎ随筆

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修造ライブと山口県の朝鮮人

2010-02-12
在日朝鮮人
先日、ニコ動で動画を見ていました。

帰宅したアニーが後ろから覗き込み
「なに!おかん、修造ライブ見てんの?」と聞いた。
修造さんは確かに人気だが自分は見ない。
見ていたのは「修平ライブ○○なんとか」の動画だった。


昨夜、アニーに話してみた。
在日に対する生活保護のこと、日本人の自殺率のこと
竹島を盗られていること、外国人参政権の事。

わかりやすく、出来るだけ簡単に。
朝鮮人は世界中にいるんだよ。でもね、日本以外のどこの国にも参政権なんか
くれって言わないよ。日本にだけなんだよ。返ってきたアニーの答え。

「なんだよ!!それは!オレたちの人権はどうなるんだよ!!」

ネアンデルタール人はアメリカ軍に絶滅させられたと豪語し
漢字もロクに読めないアニーが、日本人として、しごく全うなことを
言ったのだ。

しかも彼はものすごく怒っていた。
こんな話きいたらデモに出たくなるでしょう、と聞いたら
「そりゃそうだろ!」とも言っていた。

アニーにも、大和魂のかけらがあるらしい。


私の母は山口の出身です。

私が知ったもろもろと在日特権のことなどを話したところ、ご他聞にもれず
「嘘でしょう。信じられない」とのこと。(今はだいたい分かってくれていると思ry)

この話をしていたら、昔を思い出したんでしょう。
「朝鮮人はいじめられてたねぇ。朝鮮、朝鮮って。石投げられたりね。
でも何故かみんな金持ちになってたねぇ」とのこと。

終戦当時、母は当時の事を覚えているかあやしい年齢。
投石の記憶はもっと後のことだと思います。


そこで当時の山口県の事をググって見ました。

1948年 宇部事件 会合中の朝連系約200名が手配中の朝連県
              本部長の逮捕に反発、奪還すべく警官隊と
              衝突、双方負傷者がでるが警察側の発砲に
              より鎮圧。

1949年 下関事件 下関市の民団朝鮮人家屋を朝連側朝鮮人
              200名が襲撃。民団員十数名に傷害を
              与え家屋を破壊、金品を略奪していった。
              市内は一時騒然とし、警官約1000名を
              動員し200名を検挙した。

これは大きな事件のため記録が残っているのでしょうが、日常での小競り合い
などは、それこと無数にあったでしょう。

1954年、山口県における在日朝鮮人は28110名。
大阪、兵庫、東京、京都、愛知、福岡についで7番目だったそうです。
(大都市を除けば1位)

その内訳は、朝鮮籍25305名、韓国籍3057名であり日本全体同様に
朝鮮籍が圧倒的な勢力で約9割に及んでいました。

したがって当時、全国的に展開された在日朝鮮人の間の南北対立は、山口県では
特に顕著であり1947年の天皇御巡幸の折には4,5月小野田、8月徳山、下関などで
衝突が起こりました。

余りの治安の悪さに御皇室へ御幸巡の取りやめをご考慮下さい
と山口県より申し上げたところ

「自分の身にはなにがあっても構わない。予定どうりにします」

との意を昭和天皇はおっしゃられたそうです。


以下引用→

山口県を選択した理由は、単に朝鮮半島に近接しているという地理的要因だけではなく、
本論で詳述するように、県内に多くの在日朝鮮人を抱えるとともに、戦後彼らとの間に
種々の問題が惹起し治安問題となるとともに、他方、朝鮮戦争初期、韓国の亡命政権の
候補地として予定されるなど、朝鮮半島とより複雑かつ緊要な関係を有していたからである。


母の出身地としか見ていなかったけど、朝鮮問題がいろいろとあったことは知りませんでした。

この様な数々の騒ぎを起こしていれば、嫌われて村八分にすらなれなかったでしょう。

ここで先の母のセリフ「朝鮮人はいじめられていた」ですが。

人の口に戸は立てられない、粗暴で犯罪者で大迷惑、朝鮮進駐軍しかり。
しかも同じ民族同士で醜く争う朝鮮人を、大人たちは噂したでしょう。

子供は聞いていないようで聞いているし、直情的です。
朝鮮人が極悪だと聞けば、当時なら石の一つも投げに行くでしょう。

母によれば、学校の行きかえりに石を集め、わざわざ朝鮮人の家まで出向き
朝鮮人でてけー、朝鮮朝鮮!!と投石を繰り返したそうです。

何というグッジョブなんでしょう。

日本が嫌いで、自分勝手で決して日本に馴染もうとしない。
利権のために嘘八百を並べでかい顔をしている。
ありとあらゆる犯罪を犯し、日本人拉致にまで加担し実行。

そんな奴等は朝に晩に、子供にすら石を投げられて当然なんです。


いつからか、だんだんと人種差別の大義名分、歴史捏造、利権の下に石つぶては消え
そして日本人は口をつぐんでしまった。
そんな日本にどうしてなったんでしょう。

今日は母の語りを思いだし書いてみました。

石は投げられないけど、言葉と文章を投げつけていきます。
けど投げつけるにはまだまだかー。


山口県に特化した資料ですが、とても興味深いものでした。
よろしければどうぞ。PDFです。
参考、引用
 <---朝鮮戦争と日本の対応---山口県を事例として 庄司潤一郎>

参考 戦後の朝鮮人による事件がまとめてあります。
 <何故「三国人」が差別用語になったのか>

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