保守のうさぎ随筆

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知らなかったよ朝鮮人集落

2010-02-13
在日朝鮮人
以前、事情で一戸建ての貸家を探したことがあります。
なかなか一戸建て物件はなく、とりあえず一件目を紹介してもらいました。

物件は二車線道路から二本目の道路端にあり、何かわからないけど雰囲気に
違和感を感じたのは覚えています。

中へ案内され、まあ築15年ほどの物件でした。
二階へと上がり、東側の出窓からふと外を覗きました。
目の前に「朝鮮人○○自治会館」とでかい板に、これまたでかでかと書いた
とても古びた建物が目に入りました。

「あ、あ、あれは何ですか?」と案内をしてくれた若いお姉さんに聞いたところ
困ったような顔をして「わからない」とのこと。

ここでオバちゃんパワー炸裂。
「あなた内覧の案内にきたんでしょう?分からないなら分からる人に早く聞いてください」

あわてて携帯を持ち出すお姉さん。
その間に資料として貰っていた地図を確認してみた。
畑が回りに広がる中、ある3~4本の道路に囲まれ、住宅が密集していた。
築50年は超えると見える住宅もある。しかも家主の名前は全て朝鮮系。

電話を終えたお姉さん「あの自治地会館は今は全く使われていないそうです。
だから大丈夫です」って何が大丈夫なんだい?

どうもありがとうございましたと外へ出て、改めて辺りを見回してみる。
何と無く雑然とした印象、人の気配はするのに異様にシンとしている。

片付けられていない廃工場らしきもの、整備されていない迷路のような道路。
道路二本向こうは、当市では見慣れたのんきな風景。

これは何だろう、とずっと疑問に思っていたけど、在特会の桜井会長がキャリーバッグを
ゴロゴロしながらウトロへ乗り込んだ動画があるでしょ。
(個人的には川東大阪支部長の「出てきて出て行け!」が一番ツボった)
あのウトロに雰囲気がそっくりだった。

こんな地区があるなんて知らなかった。

地元民の友人に聞いたら「もちろん知ってるよ」との事。
それ以上のことは何も言わなかったけど。
ちなみにこの話は私が報道されない事実を知る前の事です。

この地区の歴史としては、戦時中に「強制連行」された朝鮮人が工場に
従事させられた、またその工場のそばには飯場があり、戦後、日本に居残り組が
居住許可を受けて住み着いたらしいです。

しかし今でも居住しているのは殆ど老人ばかりとのこと。
一体、若い人たちは何処へ行ったのでしょう。
当地に来てから二桁ほどになりますが、朝鮮系の名前は聞いたことも見たこともなかった。
子供がらみで知り合いはゴマンと居ますが聞いた事ない。
帰化をするか、通名で日本人として生活しているのでしょうか。

朝鮮人学校関連で当市では助成をしています。

朝鮮学校そのものへの助成ではなく
「当市より、朝鮮学校へ子供を通わせる親への支給」だそうです。

子供一人につき、小学生は年間4万円、中学生は年間6万円。
親の収入に関わらず、一律支給だそうです。
当市の平成20年度の該当者は4名とのこと。

また、朝鮮学校に限らず、外国人学校という括りの市政で
今年からブラジル人学校も対象になったそうです。
(ただ、当市からブラジル人学校へ通う生徒がいないので対象はゼロ)

4名とは以外と少ないなと思いました。
他の子供たちは日本人として公立学校へ通っているか、引っ越した?
日本が好きで、日本こそ故郷、終の棲家を思うならマシですが。

県内の総連支部6箇所、民潭支部7箇所 隣市に部落開放同盟協議会
市内に部落開放同盟支部があります。
どこの県も同じような、こんな感じなのかな。
東北、関西ではもっと違うのかな。

思い切り画面に向かってツッコミを入れて欲しい資料があるんですが
あまりに地域特定があるので泣く泣くリンク断念します。

事実を知った上で、地元の人にこそ読んで欲しいんだけど。

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