保守のうさぎ随筆

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年表で追う「従軍慰安婦捏造史」2-6

2010-02-18
年表で追う「従軍慰安婦捏造史」1-6
前回は前フリで終わりましたが、ここから年表いきますー。
ぜひ、前フリを思い出しながら、読んでいただければ分かりやすいと思います。

モニターに向かって、全力でツッコミ、罵声をほどこして下さい。


1973年(昭和48年)
  千田夏光「従軍慰安婦《声なき女》八万人の告発」(双葉社刊)
  慰安婦という言葉に勝手に「従軍」という接頭語をつけたのは
  この書籍が始めてであり、この造語の作者が著者、千田夏光である。

 

1977年(昭和52年3月)
  吉田清治「朝鮮人慰安婦と日本人ー元下関労働動員部長の手記」
  (新人物往来者刊)
   労働に入るまでの苦労話と下関朝鮮人慰安婦に関わる体験談と
   いう内容。


1982年(昭和57年6月26日)
   朝日新聞が「日本の教科書が《華北への侵略》を《進出》に
   書き換えさせられたと報道。
   この記事を韓国の新聞が引用したときき「中国、韓国への侵略」
   と勝手に韓国を追加した。

1982年(9月11日)
   第一サハリン裁判にて吉田清治が済州島における朝鮮人の
   「奴隷狩り」の原告側の証人として証言した。

1983年(昭和58年7月)
   吉田清治「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」(三一書房刊)
   現在この書籍は日本中さがしても一冊もないとのこと。

1983(昭和58年12月)
   吉田清治が韓国に謝罪碑を建てるために訪韓。
   天安氏の国立墓地に「元労働党徴用隊長」の名義で建てる。

1985年((昭和60年8月15日
   「かにた婦人の村」館山へ城田すず子の発意で慰安婦の碑を建てた。

 ※ 社会福祉法人「かにた婦人の村」
   
    創始者は故深津文雄(ぶんゆう)=牧師。
       元売春婦、精神遅滞、肉体的な障害、梅毒などの理由で社会生活が
       困難な女性を保護する目的で昭和40年、その当時で国から1億円の
       補助を受け、設立された。
    
       1985年「元従軍慰安婦」の入所者の願いをきっかけに、施設内へ
       慰安婦鎮魂碑がたてられた。

    <創始者 深津文雄自著よりプロフィール>
       1935 茂呂塾創立
       1937 上富坂教会再興
       1954 社会福祉法人 ベデスダ奉仕女母の家創立
       1954 いずみ寮創立
       1965 かにたの婦人の家 創立

     日本基督教団に加盟し、以下は他加盟団体の一部。
     
      ・日本組合基督教会
        日韓併合時、朝鮮総督府から巨額の援助を受け現地で伝道。
      
      ・全国連会長老会
        大韓イエス教長老会 大韓民国の長老派支部をもつ。

      ・日本基督教団京都地区部落解放センター
      
      ・日本基督教団体部落青年ゼミナール

      ・日本基督教団部落解放センター

      ・日本基督教団労働組合

  社会福祉法人 かにた婦人の村 現理事長 天羽道子シスター
     
      リンク→ 戦争がもたらした悲劇は繰り返されてはならない

  故城田すず子 元日本人「従軍慰安婦」であり「オンナには地獄だった」他著書あり

      リンク→ 元日本人慰安婦の回顧録:「オンナには地獄だった」-城田すず子さんのこと

   参考リンク→ 死ぬ死ぬ詐欺:反日キリスト教系キムチカルトとは
   
 
1989年(平成元年5月)
   朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を、百人委員会事務局の青柳敦子局員が
   「朝日ジャーナル」(朝日新聞社刊)へ隔週で15回に渡り
   意見広告を掲載。

   青柳敦子は大分県在住で勤務医を夫にもつ40歳の3児の母親。
   そして朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を要求。百人委員会の宗斗会代表は
   在日朝鮮人
である。
   ようするに、朝鮮人が自ら「私たちに謝れ!」と青柳局員を通じ
   15回に渡り請求。

1989年(平成元年8月)
   吉田清治著「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」がハングルに訳され出版。

1989年(平成元年8月14日)
   「済州新聞」許栄善記者が吉田清治著書に関する現地調査をした。
   さらに郷土史家の金奉王氏が追跡調査。

   これにより吉田清治の著作がでたらめであると判明
   憤慨した金奉王は「この本は日本人の悪徳振りを示す
   軽薄な商魂の産物であると思われる」と述べた。

1989年(平成元年11月9日)
   青柳敦子、宗斗会の両氏が韓国において「慰安婦裁判の
   原告募集」のビラをまく。

   このビラには「訴訟費用を負担する」とあり、「勝訴すれば
   賠償金を貰え、敗訴してもリスクはない」とする
   ノーリスクハイリターンの手法をとった。

   つづく~

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