保守のうさぎ随筆

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金日正って偽者だった?!1-4

2010-03-22
金日成って偽者だった?!1-4
ここ何日か調べていたのですが、なにせソースは全てネット経由でして。

「捏造」されている部分などが何と無くわかるようになったので
記事にしてみます。

あくまでも「事実と思われるもの」を集めたので、間違いなどあるかと
思いますが、ご指摘いただけたら助かります。

<出自>
1912年4月15日平壌、万景台生まれ。本名 金成柱
両親は基督教徒で、母方の祖父は基督教長老会の牧師でした。

貧農であった事が北朝鮮内では宣伝されていますが、生まれは
朝鮮北部の比較的裕福な漢方医の家に生まれた、という説もあります。

家族で基督教ということで抗日派、もしくはそのシンパであったためか、
1919年3月1日独立運動(三、一独立運動=初期には学生や牧師が主導)
直後の1920年に金日成を連れて南満州(中国東北部)へ移住しました。

1926年満州の民族派朝鮮人独立団体 正義府(金日成の父が関係したと
される)が運営する軍事学校、華成義塾へ入学するも短期間で退学、
(この前後に父がなくなる)その後は吉林の中国人学校へ通いながら
共産主義に関係していた小さな組織に参加、この非合法組織の運動にて
逮捕、中学退学となる。

<中国共産党入党><抗日パルチザン活動>
1931年、19歳の時に中国共産党へ入党。
しかし朝鮮独立を目指す潮流は排除されがちで、朝鮮人隊員はしばしば
粛清され、それは激化しました。
金日成については賛否両論の評価でしたが、なぜか奇跡的に粛清を免れ
東北抗日聯軍においては第一路軍第六師の師長となっていました。

ここらへんのウィキの記述はとても怪しいです。

なぜなら、「金日正」という人物は4人、少なくても2人いた、本物の「金日成」は
金日成の叔父説もあり、パルチザン活動中に死亡した、という通説があるからです。

つまり、実際に抗日パルチザンとして八面六臂の活躍をした、伝説の将軍と、
私たちの知っている「金正日」とは、全くの別人である
ということです。

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