保守のうさぎ随筆

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後継者、金正日2-4

2010-03-24
後継者、金正日1-4
後継者としての地位を確立する過程では、父と金聖愛との間に出来た金平一との
間に激しい権力闘争があったと言われています。

※金平一
金日成に風貌が似ており、学生時代の成績も優秀であった事から後継者と目されて
いたものの、異母兄弟に対する金正日の嫉妬を買い、去勢手術を受けさせられた上で
ヨーロッパ諸国の大使として左遷。現在はポーランド大使を務める。
去勢手術に関しては結婚後、少なくとも2名の実子が確認された後に行われ、去勢目的
子孫を根絶やしにする事ではなく、反抗心を削ぐことにあったとされています

金日成を称えるプロパガンダとして、父のカリスマ化と忠誠合戦を仕掛ける事で、
権力闘争を勝ち抜く事が金正日の方策。
金日成派の独裁化に貢献したことを含め、党内闘争に熟達し、情報統制に長け
ていると推測されます。

権力の世襲に対する批判に対しては「金正日は金日成の息子だから後継者となったの
ではなく、もっとも優れた後継者がたまたま金日成の息子であった。」
というのが
公式見解だそうです。

朝鮮労働党大会は1980年の第6回大会以来、召集されていません。

1991年12月24日、朝鮮人民軍最高司令官に「推戴」される。
1993年4月9日、国防委員会委員長に選出される。
1972年に制定された「1972年憲法」を1992年に改正
「軍の総師権は国家主席にあり」→「軍の総師権は国家主席から国防委員長に
委譲された」と改変し、これにより金正日は軍の総師権を掌握
しました。
(オヤジそっくり)

<国家元首として>
(1) 1994年7月8日、金日成主席死去。この日より最高指導者として統治を開始
(2) 1998年9月「国家の最高職責」とされる国防委員会委員長に改めて選出
(3) 2006年6月、南北首脳会談を行い「南北共同宣言」が発表された。その直後に
    現代グループが北朝鮮への違法な送金を行ったことを黙認しており、会談は
    その見返りだったとされる。
(4) 2000年~2001年、イタリア、イギリス、カナダ等西側諸国との国交を樹立し
    開放政策へと方向を変えはじめた
(5) 2001年9月、アメリカ同時多発テロ事件を境に、2002年には米ブッシュ大統領
    が北朝鮮、イラン、イラクの3カ国をテロ支援国家とし、「悪の枢軸(axis of evil)と
    呼び批判。国際的緊張を生んだ
。米、北朝鮮の緊張関係は和らぐことなく、いわゆる
    「瀬戸際外交」を続けている。

    →つづく

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